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2009/04/12

高尾山山頂へ

Takao1

Nさんと、高尾山に行った。

10年ほど昔になるだろうか、日本に帰国した際、母が、八王子市の広報で、電動車椅子で、高尾山山頂まで登れることを見つけ、教えてくれた。それ以来、高尾を電動でやることは、私のやってみたいことの1つになっていた。まあ、他愛もないことだが、山頂まで、自分の運転する車椅子で行くことは、夢があるし、又、私ができれば、他の障害者でもできるじゃないか、そんな思いもあった。私が、第1登ではないし、それを目指したワケでもないが。

同行してくれたNさんとは、11年くらい前、仕事を通じて知り合った。1998年9月頃、日本の取引先から、アメリカに派遣され、私の携わっていたJava関係のプロジェクトを手伝ってもらった。歳は、私の1つ下で、同年代、おとなしいけど、よく面倒を見てくれる。その後、2000年冬に、出張でシリコン・バレーに来たときは、休日を利用して、私と2人でレイク・タホにスキーに行った。その時は、Nさんが、一人で片道5時間の道のりを往復運転し、ホテルに宿泊し、食事から、着替えから、何から何まで面倒を見てもらって、おまけに私のスキーのレッスン風景もビデオに納めてもらった。

そんなやさしいNさんが、朝10時半、横浜から私の八王子の実家まで、電車を乗り継いで、迎えに来てくれた。早速、出発。2人で、北八王子から八高線で八王子へ、中央線で高尾へ。高尾駅で、京王線に乗り換える。だが、駅の連絡通路に5・6段、階段があり、駅員さんが、車椅子を抱えて、階段を下ろすと言ってくれた。が、さすがに、180kgもある車椅子を運ぶのは、危険なので、迂回する。北口から出て、左に狭い路地を入って行ったら、踏切があり、南口に廻り込むことができた。東京都の西の端にある高尾駅は、エスカレーターで車椅子を、上げてもらえるものの、都心の駅より、まだ、アクセスが整っていないようだ。

天気がよく、4月にしては、汗ばむほどの陽気。高尾から始まる関東山地の低山帯は、若葉が出てきたところで、山吹色の絵の具を水でといて、枯葉で覆われた冬の名残りの山に、薄く塗ったような色をしていた。

高尾から、京王線で、高尾登山口へ。駅を出て、土産物屋やそば屋の軒をかすめ、混み合っている表参道をケーブルカーの清滝駅へ。20年ぶりくらいの清滝駅の広場は、少し狭く感じた。私が、まだ歩いてた高校生の頃は、母に手を引いてもらって、よくここを起点にして山頂まで、歩いて登った。表参道を通れば4時間、稲荷山コースで5時間、一番キツい琵琶滝コースで6時間かかった。どれも、普通の人なら、1時間半あれば、登れるコースなのだが。

駅で、ケーブルカーの切符を買ってきてくれたNさんが、「勇さんとくると、割引があるから、得した気分になる。」と言った。ケーブルカーのプラットホームは、傾斜があり、ケーブルカーの乗り口にも逆に傾斜があるので、駅員さんが三角形のスロープを用意してくれる。乗り口は狭く、何とか、車椅子を押し込んだという感じ。ケーブルカーも、ほぼ満員。すぐに発車。急勾配をぐんぐん登っていく。景色は、どんどん変わっていく。はじめ、見上げていた稲荷山コースの尾根筋を見下ろすようになるころ、トンネルをくぐり、15分で、高尾山駅に到着。標高472m。階段状になっている駅の一番下に車椅子用のエレベーターがあった。私が子供の頃は、こんなエレベーターはなかったので、昔は、車椅子だと、ここまで、来ることができなかったはずである。

そのエレベーターで上がり、左に出て、表参道と合流。右へ進む。少し行くと、左手に展望台、隣が、土産物屋。そこを過ぎて。モンキーセンター、たこ杉を左に見ていく。蛇行する道は、なだらかだが、すべり止めか、横に溝が掘ってあり、車椅子には、振動が伝わってくる。按摩椅子のようだ。この道、尾根筋に沿っているので、ときどき、右や左に谷を覗くことができる。右側は、眼下に中央道が走っているのが見える。イギリスの平らな土地や、アメリカの平らな土地に住んでいると、子供の頃どうってことないと思っていたこの道が、立体感あふれるものに思えてくる。平地と違い山らしい。オートバイのモトクロスをやっているNさんは、「こんな谷を見ると、バイクで、どうやって下るか、つい考えてしまう。」と笑いながら言った。

浄心門という鳥居が見えてきた。その手前に高尾山3号路、4号路の分岐がある。分岐と言っても、コンクリートの道から、山道に入る形だが、昔のことを思い出してしまった。20数年前、高校1年の遠足で、別行動で、母とここへ来たとき、9時ごろ出発し、下から歩いて上がってきて、ここに着いたのが10:30。このまま、表参道を行けば、11:30に頂上着けるとおもい、ならば、新規ルート開拓?と、左の細い3号路を行ったところ、意外と距離があり、頂上に着いたのは、午後1:30ぐらいで、同じ班のやつらは、弁当を食べ終わったあとだったという、想い出である。

電動車椅子だと、駅からだが、まだ、数分しか、経っていない。鳥居をくぐり、両側に灯篭が立っている道を進む。すぐに仏舎利塔の分岐が出てきて、右の女坂を選ぶ。ここは、コンクリが打っていなかったが、かなり急な坂。右の谷側は、ガードがない。多少、山側にコースを取り、気をつけて、運転する。車椅子も幾分、苦しそう。

そんな土の坂を上り切ると、先ほど分岐した男石段と再び合流し、コンクリートの道に戻る。ここから、しばらく平坦な道でうす暗い杉の森を進む。薬王院に寄付した人の名前だろうか、札が道沿い左側に並んでいた。この道の先に、店屋があり、右に直角に曲がり、山門をくぐるのだが、ステップかあり、車椅子は、左側を迂回する。その先が薬王院の階段だ。そこで、われわれは、表参道と別れる。階段を右に見て、宿坊のようなところに入っていく。そこの勝手口のようなところを過ぎ、なお通路を進んで行くと、建物の裏手に出て、アスファルトの道なるが、すぐ、舗装されていない林道となった。(参項:薬王院付近 絵地図左下、飯盛杉、客殿の左側を通過していく。)

これが、観光マップには載っていない業務用の道で、山頂まで続いているらしい。林道にありがちが、ぬかるみや軽トラックの轍が心配であったが、思ったほどではなかった。道幅は、車1台なら通れるが、すれ違うには、難しいと思う。軽トラと出会わないことを祈るのみ。時々、急坂になったり、なだらかになったり、砂利が敷いてあるので、急なところは、スリップするのではないかと、慎重に運転したが、それほどではなかった。何ヶ所か、ドロを止めるためか(?)、道に木の角材が埋め込まれており、そこがいくらかステップになっていて、一番低い場所を通るようコースも選ばなければ、ならなかった。

しかし、この道は、しずかでいい。ほとんど、人の往来がない。左が谷で、右が、斜面。ところどころ石垣もあるが、下草が茂り、土の香りがする。上を見れば、生まれたての若葉が、夏を思わせる強い日差しを遮ってくれた。山の静けさは、心を落ち着かせてくれる。昔、部活でやっていたように、ガスコンロでも、持ってくれば、ここで、一服して、お茶でも、入れられたのにと思った。

さらにうねうねと登っていくと、下でわかれた3号路と出会い、急斜面にへばりついているようなつづら折りの道になる。この頃になると、他の登山者も多くなり、私が、電動車椅子で、来ているのを見て、「君、これで、登ってきたの?」と驚いて、声をかけてくれる人も何人かいた。つづら折りだから、下から見ると、上の方を人が歩いているように見え、登って、上から、下を覗くと、落ちそうで恐怖を覚える。そのうち、山頂付近を周回する5号路にぶつかり、ついで、表参道である1号路に戻る。さすが、1号路は、人が列をなし、我々もそれに加わった。そして、最後の急坂を上り、599mの頂上に達した。

時間は、12時半くらいだったか。ケーブルを下りて、50分ぐらいしか経ってないと思う。一休みして、水素水を飲んだ。そしたら、Nさんと共通の知り合いがいることが、発覚。その話題で、少し、盛り上がる。暑かったので、Tシャツ1枚になる。そして、Nさんが持ってきたカメラで記念撮影した。山頂は、休日の行楽客で、混んでいた。

Takao2

まだ、時間がある。すこし、欲を出して、城山を通り、小仏、相模湖に下りられないかと目論んで、道を探した。山頂の反対側は、階段で、下りられず、登って来た道を少し、下り、抜け道はないか探して、少し、迷った。その先、林道と言うより、山道と言うべき5号路を発見し、慎重に進んでみた。下り坂で所々、急になっていた。その上、小石で、いわゆるガレ場のような道であった。急坂を下れば、車椅子にも、勢いがついてしまう。止まりたいところで、下に小石があると、タイヤをロックしても、石車という現象で、車椅子は、止まらない。長く急な下り坂が続き、そのように、車椅子が、コントロールを失い、危うく、谷側に行きそうになってしまった。落ちれば、この180kgの鉄の塊は、もちろん数十m、落ちるだろう。肝を冷やした。もう少し、慎重に行ってみたが、また同じような長く急な下り坂が出てきて、Nさんに、インスペクションしてもらった。が、さっきの二の舞を踏むと思われ、引き返すことに決めた。「これが、この車椅子の限界だろうねえ」と、お互い一致した意見。

急坂を登り返し、山頂に戻り、茶屋で、昼飯に、ざるそばを食べた。Nさん、ごちそうさま! おごってもらった上、全部食べさせてもらった。私にとっては、一人で食べることができないそばは、高価なものである。薬味のわさびが効いていて、おいしかった。狭い茶屋であったが、外の木々は、新緑で、美しかった。

上がって来た道を下ることにする。さっきのスリップの件があるので、慎重に、勢いがつかないように、ゆっくりゆっくり下りた。Nさんも、急坂では、車椅子に手をかけながら下りてくれた。例のごとく林道に入ると静かであった。写真を撮ってもらい、山を味わいながら、下りた。

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薬王院に出ると、Nさんの同僚のグループに、偶然、あったりして、そうこう、ケーブルの駅まで、無事下りることができた。

3時ごろに、もう京王の高尾駅についたので、喫茶店で、お茶する。Nさんも、同じエンジニアなので、仕事の話で、盛り上がり、1時間喋って帰路についた。下界の道は、アスファルトで平らで、やはり、走りやすかった。

Nさん、本当に、ありがとうございました。

追記: 電動車椅子で、高尾山山頂を、目指す方へ。
今回、私は、山頂まで行きましたが、特に下りなど、危険が伴います。谷側に落ちれば、命も危ないと思います。それを肝に銘じて、行動してください。なにかあった場合に備え、付き添いの方と行ってください。

後記:後日、高校の時、一緒に八ヶ岳に登った友人に話したところ、「おまえなあ、まだ、歩けるのだから、車椅子なんかで、山に登んなよ。」と、一喝、されてしまった。彼の言い分も分からないでは、ないが。

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