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2009/03/24

帰国という旅路

サン・フランシスコからL.A.経由で帰国した.

朝5:30、アパートを出て、バスを乗り継ぎ、空港へ、7:30に到着。8時にHさんが来て、チェックインを手伝って、また見送ってもらい、9:55、L.A.に立つ。予定通り、到着。Transitもスムーズにいった。

ここまでは、よし。成田へのフライトも、12:15、定刻の出発で、Mileageがあるということで、Economy+に、アップグレードしてもらい、余裕もあった。

しかし、フライトも終盤、機内の運行表示を見ると、到着予定地がOsakaになっている。おかしいなと、思いつつ、間違えだろうと思っていたのだが、関東上空に差し掛かって、アナウンスがあった。「成田で事故があり、滑走路が使えないため、関空に降りる。」とのこと。「そのあとのことは、地上職員の指示に従ってくれ」、とのこと。えー、という言葉しか出ない状況。

最悪、大阪泊となる。一人でホテルに泊まったことはあるが、それは、計画を立てた上での話である。いきなり、泊れといわれても…。グランド・キャニオンで出会ったOさんイギリスで出会ったEさんの顔が浮かんでしまった。最悪の時は、泣きつこう。

飛行機は、無情にも、無事、関空へ下りた。羽田に、臨時便を飛ばしてくるなどという期待も、微塵に崩れ去る。「1万円で思い思いに、帰ってくれ」と、これだけ。羽田行きの夜行バスは、あるというが、このデカい電動車椅子は、乗らないだろう。

幸い、飛行機を下りたところから、手押し車椅子を押してくれた関空の警備会社の職員の人が、よかった。若い女性の方だったが、こちらの予想に反し、私の言語障害のある言葉を理解してくれた。「とにかく、今、困っていて、行き先が決まるまで、一緒にいてくれ。」と頼み込む。本来は、到着ゲートを出たら、さよならなのだが。

入国手続きを出て、荷物を受け取り、車椅子を愛車に乗り換える。航空会社の人を捕まえて、「なにか、サポートは、あるか」と訊くが、役に立たず。不安な面持ちで、職員の人とゲートを出る。まず、最悪のケースを考え、ドルを両替。両替所で、言葉がうまく伝わらない。彼女に通訳してもらう。そして、換金したお金で、インターネットをやり、メールから、父の携帯の番号をゲットする。テレホンカードを買ってもらい、成田にいると思われる父に連絡を撮ってもらう。通じた。父は、「とにかく、今日中に羽田に飛べ。」という。上の階の出発カウンターで、羽田への便を一緒に探し、取り合えず、ゲット。飛行機を降りたのが4時半で、2時間も、かかっている。「勤務時間の方は、大丈夫か?」と、彼女に問うと、「仕事ですから、気にせずに。終わったら、帰るから。」ときっぱり。私がトイレに行っている間に、もう一度、父に電話を入れてもらう。父が新しい情報を持っていて、アメリカから乗ってきた航空会社も、羽田便のチケットを押えてあるらしいとのこと。取り合えず、今とったチケットを保留にして、4階の国際線のカウンターへ行き、交渉してもらう。うまくチケットが取れた。新しい航空会社で、車椅子を運んでもらう交渉をし、すべて終わったので、私は、用意された手押しの車椅子に乗り換え、彼女は、夕日のガンマンごとく帰っていた。

10:00発羽田行きで、羽田につき、両親、妹と再会。さて、羽田から、どうやって八王子の家まで帰るかだが、成田のように、宅急便が空港に入っておらず、あの重い車椅子も運んでもらうことができない。残った手段で、モノレール、JRと乗り継ぎ、八王子駅へ。八高線は、とっくに終わってしまっていたので、車椅子を走らせ、午前2時、帰宅。かくして、ながーい旅は、終わった。

関空警備会社のY.O.さん、ありがとうございました。heart04 ちょっと、違うか?

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