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2007/04/14

とよちゅんさんのコメントから

とよちゅんさんが、『ちょっといいこと』へのコメントで、手伝っていいかどうか、迷うって、おっしゃられたけど、それにちょっと関連して、したのようなWebpageを見つけたので、紹介します。

http://www.counselingservice.jp/lecture/lec111.html

もちろん、とよちゅんさんが、このケースに当たるとは、私は、思いませんが、前半部分より、最後のエピソードに、感激してしまいました。母親になった彼女の気持ちが、よく分かるような気がして・・・

私も似たような経験があります。中学や高校で、山をやっていまして、他の部活だと、試合とかあり、いい成績を残せば、表彰されるんですが、私のワンゲル部は、いくら高い山に登っても、表彰されることはないし、危ないことすれば、しかられるのが、関の山でした。もちろん、トレーニングも、駐車場や体育館の裏でした。本当に、何も与えてもらえなかったような気がします。だけど、みんな、山やアウトドアが好きで、週末になると、部活ではなくても、自転車など、自力で、どこか行ってました。わたしは、月曜日にみんなの話しを聞くのが楽しみでした。「山は、自分のために登るもの。」であり、人生も、自分で生きるもののように感じていました。それが、愛なのか、単なる我侭なのか、分からない部分もありますが・・・

旅行記、頑張ります・・・(苦笑)

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コメント

メッセージありがとうございます。次男のYの熱は下がりましたが、7歳でほぼ三日食べなかったのはつらいのか、毎日たっぷり寝ています。そして今日は長男Kが嬉しそうに熱を測り、38℃を超えてました。
・・・来週は私の番?インフルエンザには気をつけましょう。日本でもこっちでも流行ってるそうです。

ブログへのコメントですが、私も同じでまず自分を守ってしまうほうでした。でも子供ができたことに影響されるのか、今はまず二度考える前に声をかけてしまいます。歩道で一休みしてるおばあさんにこの前「何か手伝えることありますか」って声をかけたら、びっくりされてしまいました。私が東洋人だから、いきなり声をかけられて、など理由はいろいろ考えられますし、逆に嫌なことを言われる場合もありますが、気にせず、あとで声をかければよかったと自分が後悔しないようにと思うようになりました。今までに自分が助けてもらったことも多々あって、忘れていません。

投稿: mick | 2007/04/14 16:27

Mickさん。

コメント、ありがとう。やはり、ご家族がいるとにぎやかでいいですね。こちらにも、妹が、今、いるんですが・・・

やはり、道端なんかで、さっと、手助けの手が出てくると、こちらとしても嬉しいです。やはり、子育てで、ご苦労なさるからでしょうか、女性の方のほうが、理解があるような感じがします。時々、小さいお子さんをお持ちのお母さんから、『私の方が、あなたより、障害が重い。』なんて、冗談で言われることもあります。 

投稿: いさむ@UK | 2007/04/15 13:49

いさむさん、こんにちは。
タイトルに自分の名前があってびっくりしました。

なんというか、私たち姉妹(mixiのnanakenが姉です)は、親から「これでもか!」っていうくらいの愛をもらっています。多い少ないの基準て分からないけど。姉は音大、妹は美大に通わせてもらいました。うちはけっしてお金持ちじゃありません。親は団塊世代、働きづめの夫婦で、子どもをゲージュツに触れさせる余裕なんてありませんでした。でも、姉は小学校の金管バンド部でトランペットに出合い、音大でオケのヨーロッパツアーに参加できた経験をもらいました。私は、絵も描けないのに美大に入り、どういうわけだか芝居に染まり、フリーランスで大好きな演劇にたずさわる経験をもらいました。私たちがもらった一番のプレゼントは、人との出会いです。音楽、美術にかかわることで知り合った人たちは、私たちの宝です。

気持ちの痛手でいうと、親に「恩を返せていない」ということが大きいです。親を養えるだけの収入を得て、らくをさせる。それが恩返しだとずっと思っています。でも、その前に、「ありがとう」って言えてないのかも。ちゃんと「ありがとう」が親に伝わってないのかも。いさむさんに言うんじゃなくて、親に言わないといけませんね。。

■おおきな木
http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=391
原題は“The Giving Tree”。いろんな解釈ができる
と思いますが、私にとって木が両親そのものに見えます。

■イーラちゃんといじわるツリー
http://toyochun.exblog.jp/6689191
「ことばやきもちが通じなくてもあきらめないで」という
テーマが、やわらかく伝わってくる絵本です。
作家・ふじわらともみさんも、私が出会えた人のひとりです。

投稿: とよちゅん | 2007/04/15 18:52

とよちゅんさん。

書き込みありがとう。勝手に、タイトルに使わせてもらいました。

ご存知のように、私も、両親には、とても世話になって来ました。とても、感謝しています。
ただ、親子関係で見ると、やはり、親が主で、子供が従のように、思うのです。子供は、親のおこぼれで、生きているに過ぎないと、思うんです。そういった意味では、感謝ですね。

ただ、『大きな木』読ませてもらいましたが、なにか、要求をし続ける子供が、怖いような気がしました。これって、人間と、地球の関係かもしれませんが。

投稿: いさむ@UK | 2007/04/21 16:43

>人間と地球の関係
なるほど、そうか。

平気で要求しつづけるところは、人間と地球ですね。人間と地球でいうと、人間はほんとうに地球から何も与えられずに生きることはできない。親子でいうと、さすがに「してもらって当たり前」っていう感覚は、ふつうなくなるし、地球と人間よりは、なにかしら恩返しができますもんね。

投稿: とよちゅん | 2007/04/23 00:09

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