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2006/12/17

Day Three Brighton,Seven Sisters

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今日も天気に恵まれた。僕は、当初、2000年前に栄えたと言う古代都市Bathを候補地に選んでいたが、自然派のT君、南のBrightonと海岸沿いの白い壁で有名なSeven Sistersに行ってみたいと言う。イギリスの田舎道は、狭くて、ドライバー泣かせなのだが、私も本当は、そっちの方に行ってみたかったので、迷わずに変更。ナビとしては、ほんの少し予習。幹線道路を行く、M3→M25(south)→M23が妥当なルート。

天気がよい中、M3からM25へスムーズに流れていたが、M25を走って少し行くと50マイル規制があり、詰まりはじめた。これが、よく聞くM25の渋滞かと思っていると、工事渋滞であった。T君が「M25って、ウルトラマンの星じゃなかったっけ」と、…やはり言ったか。(笑) M25からM23に乗り換え、南下。 太陽が、まぶしい。周りは緑の畑、行く手に丘陵。どこかで見たような風景だなと思っていたら、カルフォルニアのI80、サクラメントからベイエリアに帰る道に似ていた。ドライブとしては、最高のコンディション。丘を越え、一般道になる。Brightonの街へ入る。白や黄色の壁の建物が多く、サンタ・クルーズに似た町。海辺の街だからか。

海岸の道路に出て、パーキングを探す。ちょっと入った路地に、車を止め、浜辺の方に歩く。(車椅子) 海岸の道路から海辺に降りる歩道があり、降りていくと、土産物屋や画廊があった。その一角、スタンドがあり、フィッシュ&チップスをコークを買って、ピクニックベンチで昼飯。食事の下手な僕がチップス(ポテト・フライ)を溢すと、鳩が群がって、それをついばみ、きれいにしていく。外で食うランチは、やはりうまい。寒いけど、太陽は輝き、海は青い。海の向こうは、フランスか?16年前、カリフォルニア・バークレイの英語学校で、机を並べたフランス人の友達も、住んでいるのかな?などと、思ったらフランス側の建物のスカイラインが、かすかに見えるようであった。
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ビーチの土産物屋を見て、海岸道路に上がり、ブライトン・ピア(桟橋)へ行く。桟橋は、長く、しゃれた建物もあってホテルかレストランかと楽しみにしたが、中は、ゲームセンターであった。先端の遊園地まで行って、戻ってくる。桟橋は、細い板が敷いてあって、本来、車イスは通りにくいが、その上に車イス&ベビーカー用だろう、ベニヤ板が敷いてあってアクセシブル。
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車に乗り込み、A259を東に、Seven Sistersへ、急ぐ。まだ、午後2時だが、日が沈むまで、2時間足らず。 A259は、海沿いを進む道がだが、米カリフォルニア州、サン・フランシスコから南下する1号線か、子供のころ通った山陰から北陸にかけてリアス式海岸の若狭湾を走るようで、アップダウンがあった。ところどころ集落があり、それを結ぶように、道がつががっている。急なのぼりを登ると集落あり、それを過ぎるとまた下り、草原のような緑の原野で、遠くまで見渡すことが出来た。そんな道を1時間、走っただろうか?気がつけば、もうSeven Sistersについてもいい距離である。丘の上、右に入っていく道を見つけ、入っていくが、どうも変だと、引き返す。結局、丘を下りきったところに、集落があり、農道のような細い道が一本、海に向かっていた。そこを入っていくのが正解であった。

その細い道は、いったん海岸近くに出て、向きを変え、急勾配の斜面をジグザグに登り、丘の上部に出て、また海に向かう。広々とした高原のようだ。道端の狭いパーキングは、その海よりの一番奥にあった。T君が車を下り、草地に上り、その草地の途切れるところまで、歩いていった。まるでゴルフ場のフェア・ウェイだが、その途切れたところが、つまり断崖絶壁の上である。車の中からも丘がすっぱり切れた先、巨大な建造物のような白い絶壁が見えた。
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T君が車に戻り、今度は、私の車イスを下ろし始める。「外へ出ろ。」と言うわけだ。僕も外に出たかったが、草地とのギャップがありすぎ、車椅子を上げるのは大変だろうなあ、と思っていた。が、ドアを開け、車イスに乗る。T君が車椅子を押し、少し勢いをつけ、1mくらいの土手を草地へ上げてくれた。車椅子を絶壁の端の方まで運ぶ。僕は、高いところは好きだが、苦手で、3mくらいのところで勘弁してもらう。柵も何もない、高さ100m以上の真っ白の壁の上、下をうかがうと吸い込まれていきそうで、海に向かって、飛んでもいけそうで、体がバランスを失い硬直した。昔登った、奥秩父・金峰山の千代の吹き上げを思い出した。
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右を見れば、丘が、スキーで言えば、中級者ゲレンデ1面分あるだろうか、その上に小さく灯台が立っていた。灯台に向かって、舗装もはげかけたでこぼこの小道が、急勾配を駆け上がっていた。T君がそちらへ車イスを向ける。まさか・・・と思っていると、その小道を登り始めた。でこぼこで、前タイヤを溝に取られやすいその小道、ぐいぐいと高度を上げていく。傾斜がきついので、僕は前かがみになる。5分も経ってないと思うが、丘の中腹。T君は、息を切らしている。振り返れば、パーキングの車が下の方で小さい。T君が一瞬でも車イスから手を放せば、僕は、下まで転がっていけそうな感じ。スピードがつきまくって、それで・・・みたいな感じ。さえぎる木とか一本もない。僕は、本心は、もっと行きたいのだが、恐怖心と、T君の労力を考えると・・・、「ここで、いいよ。」言った。と、肩でぜーぜー息しているT君は、
  「俺は、嫌だね。」
と、鋭く答えた。「連れて行ってあげるよ。」でも、「一緒に行こうよ。」でもなく、「俺は、嫌だね。」と。そのずしりと重い言葉。なおも、はーはーと一歩一歩、登っていく。左は海、右は遠くまで見渡せる緑の大地。一歩一歩、高度感が加わり、高層ビルの外の非常階段でも登っているようで、気が遠くなりそうだ。僕も、背あてにもたれたら、そのまま後ろにひっくり返りそうなので、前傾を保ったまま。T君には悪いが、とても寒い。そのうち、傾斜が緩やかになり灯台に着いた。といっても、道自体傾いているので、油断できない。い車イスを草地に上げてもらい、右手で灯台の敷地の金網をしっかり握り、記念撮影。足元2mくらい先は、150mくらいの断崖。一中ワンゲル部、館高トレッキング部OB、Seven Sisters登頂しました。って、わずか海抜150mほどで、自分の足で登ったわけではないが、日本から、アメリカを経て、イギリスのこんな南端まで来れたこと、T君の惜しみない協力を思うと。喜ぶのが、もったいないほど、嬉しかった。
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T君が、ポツリと「こんな高いと自殺する気にもなれないなあ。」と言った。彼が岩の突端から一かけ岩をすくう。やわらかい、ぼろぼろのチョーク。灯台の敷地を囲うコンクリに字が書けた。この断崖も毎年40cmほど、侵食され、この灯台もいずれ、消える運命にある。下りもT君は、慎重に下ろしてくれた。急なところはバックで。
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車に戻り、帰路に着く。夕日が、白い壁をピンク色に染め始めて、やがて、雲の向こうに隠れ始める。起伏のある緑の丘をいくつとなく越えていく、夕焼けのドライブ。丘の下、蛇行してやがて、海の注ぎ込む川が夕日を映すかのようである。ひなびた村々にも味わいがある。そのような周りの景色に、心を奪われる。ずっと黙って運転していたT君が、「こんな綺麗な景色の前に、言葉が出てこないな。」と一言いった。そして、日が沈みかけ、あたりが影絵となり始めえ、家の中に明かりがともり始める。T君が、とっぴ押しもなく、「高校のころ、彼女いた?」と聞いてきた。僕は、「いたよ、ほかの高校だけど。」とだけ答えた。

確かにいた。小学校1年生で後ろの席。新設の小学校が出来たため、そっちに行ってしまうが、中学が一緒で、なんだかその間、ずっと僕を見守っていてくれた子。高校は違う学校になってしまうんだけど、他の友達たちが、みんな離れていってしまうように見え、見捨てられたようにさえ感じたとき、彼女だけは、その強い流れに逆らうかのように変わらず、学校やアルバイトの帰りに、会いに来てくれた。高校時代、クリスマス・イブにも、アイスクリームを持ってひょっこり現れた。物理的には、母が、送り迎え、学校待機で、依存していたが、とても厳しかった高校、彼女が、心の支えだった。アルフィーのファンで歌が好きだった彼女。中村あゆみの『翼が折れたエンジェル』とかも、ヒットしていた。
  そのころ、理系志望だった僕は、「大学は、理系に行き、大学の近くにアパートを借りて、一人暮らしする。コンピューターのプログラムのバイトして、週末など彼女に、アパートに来てもらおう・・・。」なんて、考えていた。文系の大学に進むなんて、夢にも思わなかったし、頼まれても、お断り。でも、時は、そんな風に進むことは、なかった。障害を理由に多くの理系の大学から出願自体断られ、僕は、文系の大学に入学した。あと何年経てば、自立できるか、分からない状態。僕の彼女との夢ももろく崩れ、振り出しに戻る。彼女も、高校を卒業して、社会人になり、新しい世界に飛び立ったのか距離を置き始める。そして、僕は、アメリカ留学を決意する。人生に、たら・れば はない。でも、あの時、理系に進むことが出来たら、僕も彼女をたやすく、あきらめなかっただろうし、人生、変わっていたかもしれない。彼女の好きだった曲、堀内孝雄の『いとしき日々』、そのさびの『~もう少し、時が、やさしさを見せたなら~』。もう少しだけ、時代がやさしかったら、あの時、理系に進むことが出来たら、そして、今、もしかして、ドライバー席に彼女が座っていたなら、美術に敏感な彼女は、T君と同じように、「美しすぎて、言葉が出てこない。」と言うだろうなあ、と思った。僕の20歳の誕生日、彼女からの最後の手紙には、「ウインター・スポーツ(スキー)、はじめました。もう病み付きです。」と、彼女は、体育苦手だったんだけど。僕も、同じころ、別の場所で、スキー病に掛かっていた。
  そして、T君、「それで、その彼女、どうしたの?結婚しちゃったか?」と、僕は、こっくり、うなずいて、あと何も、言わなかった。僕も、両親から、ずっと後で、聞かされた話なのだが。
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車は、日がとっぷり暮れたころ、Brightonをとおり、内陸に進路を変え、M23→M25→M3と、星屑の下を走り、少し、遠回りして、ガソリンを入れた。T君、ガソリン・スタンドで、英語にちょっと、まごつき、今考えると、僕も行くべきだったと思うが、何とかこなしてくれた。カトリックのイギリスらしく、24時間ストアが、日曜日で閉まっていて、買出しできず、その夜は、アパートの近くの大衆のパブで、夕飯を食った。

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コメント

いつも楽しく読ませてもらってます。
書きながら動いているのかと思うほど、描写が細かで、しかも文章力すごいですね。
さすが文系(←茶化してます)。

お友達と共に行動力2倍以上になって、楽しそうな旅ですね。羨ましいくらい。

投稿: mick | 2007/01/16 05:45

はじめまして。1か月前からGUILDFORDというUKに留学しているものです。来週のバンクホリデーに(28/may/07)seven sistersに行く予定で 調べてたら ここにたどり着きました。 読んでて あったかくなって 涙がでました。

ゆっくりした時間がながれて 余計行くのが楽しみになりました!!

あたしもこんな風に 記録を残すことができたら いいのにな。

投稿: ai | 2007/05/23 13:21

mickさん、
書き込みありがとう。お返事が、ものすごく遅れてしまいました。

Aiさん。
書き込み、ありがとう。Guilfordじゃ、お隣さんですね。月曜日は、天気がちょっと心配ですが、楽しんできてください。

投稿: いさむ@UK | 2007/05/24 22:37

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