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2006/11/26

本、お分けします。

『夢ありき。』 茂森和子・政著

もれなく、筆者のサイン入り。送料込みで、1冊、1500円でお分けします。
ご希望の方は、
masashishigemori@hotmail.com まで、送り先住所、明記の上、メール下さい。

Bigdream1_1

って、両親の書いた本だけど、いい本です。
ただ・・・、一般常識から、少し、逸脱しているかなあ、とも思う。何がって? 息子の行動自体が! 電動車イ使っていて、よだれも垂らす重度障害者が、1人、留学して、仕事もするのだから。乙○さんのように、重度障害でありながら、海外旅行したとか、有名大学を卒業したとか、星野さんのように、口で絵を描くくらいだったっら、分かるけど。なんて、半分、冗談で言っているんだけど。マーケッティング・スポットをはずしているよなあ、って。

でも、私の場合、中学、高校、進学の壁も厚かったし、大学は、希望した理系に行くことができず、活路を見出すために、海外へ出たという経緯がある。また、中学で、山を知って、冒険にあこがれて、でも、障害があって、物理的冒険はできないから、未開拓ルートって言ったら、自立して、好きな学問して、仕事するくらいしか、ないっしょ?

ヒマラヤや、ヨーロッパ・アルプスの白い頂や、砂漠を二輪車で走ってカップヌードルを食うCMなんかにも、その昔、憧れていたけど。あと、"人生は旅なり"と言うような、谷村新司の『浪漫鉄道』なんかも好きだけど。まあ、未開拓ルートだから、たやすく、人に受け入れられるものではないけど。

これじゃあ、宣伝文句になってないって? まあ、いいか。この本、読まれた方、ぜひ、この記事にコメント下さい。それが、一番の宣伝になると、思います。

話は、だいぶそれてしまったが、両親は、講演のご依頼なども、承っているようです。そのような件も、上記、アドレスまで、メールを頂ければと思います。このブログも、友人・知人の方にご紹介頂ければと、思います。

P.S.私の方は、今、仕事もちょっと、忙しい。ブログも少し、おろそかになってしまっている。ゴメンね!

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2006/11/13

休日、来客あり

昨日の日曜日、ここから、電車で30分くらいのGuilfordから、Chocoさんが、遊びに来てくれた。

Chocoさんは、ご主人の仕事の関係で今年の7月から1年の予定で、こちらに住んでいる。9月にミクシィの『イギリス在住者』のコミュニティで知って、私がChocoさんの足跡帳に書き込みしたのが、きっかけだ。旅行が趣味で、もうご夫妻で、イギリス国内外、あちらこちら、歩いているようで、頼もしい人なのだ。

今日は、日曜日なのだが、ご主人が仕事だったようで、時間が余ったので、この独り身寄りのない孤独な老人のところへ・・・ではないけれど、遊びに来てくれた。11時過ぎ、駅で、待ち合わせして、一度、アパートに行き、それから、私のなじみのカフェに行った。

天気がよかったので、外のテラスで、チョコレート・クロワッサンとカプチーノで、お茶しながら、しゃべった。旅行の話や、英語の話、私のアメリカでの話など。何ヶ月ぶりだろうか? ゆっくり、日本語を口から、話すのは。私のHPやこのブログを見てくれているChocoさんは、初めてお会いしたのだが、私の言語障害がある言葉を、ゆっくり聴いて、相槌を打ってくれた。落ち着いた、よい雰囲気の方で、会話も、弾んでしまった。

そのあと、隣のモールで、買い物に付き合ってもらった。靴とか、オフィスに着ていくような服を買うのを手伝ってもらった。食料品などと違い、靴や服は、履いたり、当てて長さを見たり、選ぶのにかなり時間と手間が掛かる。一人で、言いたいことを、タイプしてプリント・アウトして、店員さんに手伝ってもらう方法あるが、やはり、自分で、ゆっくり、楽しみながら、好きなものを選びたい。今回は、Chocoさんのassistのおかげで、それが出来たと思う。

Chocoさん、ありがとう。機会があれば、また、ぜひ遊びに来てください。
Chocoさんのブログ: http://lovebeers.exblog.jp/

Chocoさんが撮ってくれた、私のアパートの前庭の紅葉です。
Tree1

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2006/11/11

脳性まひの高校入試

先日、日本の愛知県にある大学のリハビリ学部に通っている学生さんから、私のウェブ・サイトを見て、メールをもらいました。脳性まひの生徒の高校入試について、クラスで調査・発表するそうで、これは、そのときの私の回答です。



私が、高校を受験したのは、23年前、第2次ベビー・ブームの中、受験戦争、華やかな時代で、今とは、少し、状況が異なると思いますが、ご質問にお答えしたいと思います。

問1 履歴の欄に『高校入試では、両親や先生方がいろいろな高校に入試のお願いに当たってくれたが、大概は駄目で…』とあったのですが、高校側はどのような理由付けで断ったのでしょうか?

- 第一に、設備がないということ。中学も、階段の手すり位しかなかったのですが、エレベーターやスロープがないという理由が多かったです。一番、格好がつく断り方だと思います。

- 第二に、安全性がない、危険すぎるとこと、あと、ほかの生徒の障害になる。高校生、やはり、ふざけたり、暴れたりします。そういうときに、巻き込まれたら、安全が確保できないと言うことです。私は、普通の中学で、3年間やってきたので、安全性には、自信が、少しありましたし、不測の事態が起きても、学校側に責任を求めないことになっていました。まあ、学校に入学時の儀式みたいなもので、3ヶ月も経てば、忘れ去られるものですが。

- 第三に、授業に、支障をきたす。私、比較的重い言語障害があります。授業中、私が発言すると、時間が掛かり、授業に差し支えるという懸念です。あと、理科の実験、体育の単位取得ができない。
   授業中の発言については、中学の時、1年生で、私だけ、どんなことがあっても指さない先生もいました。そこで、鍛えられたんですね、高校でも、初めの授業で、「あなたには、絶対指さないから、手も上げないで下さい。」という先生もいましたが、2学期になったら、先生の方から、約束、破ってきました。
  理科の実験、美術、体育は、母の介助が、入りました。
  体育の単位の取得は、中学は、相対評価なので、いつも1でした。高校では、絶対評価で、一応、母とほかの生徒がやっていることをまねしてやっていたし、剣道やラグビーもルールやプレイの仕方なども覚えたので、それが単位とみなされました。

問2 入学された私立高校では入試時に何か配慮はありましたか?
 (試験時間・試験場所など…なんでも結構です)

  あ、入学したのは、都立館高校です。公立なので、受験拒否は、スキャンダルになるし、できないだろうという判断です。配慮は、
-上半身が、ふらふらするので、いつも中学校で使っていた、特殊な椅子と机の持込が許可されました。
-試験会場が、別室、保健室で、試験官も付きました。
-解答用紙の拡大、セロテープでの机への固定が許可され、試験官がやってくれました。
-試験時間の延長は、ありませんでした。解答用紙の張替えも、試験時間の内でした。

問3 入学された高校は設備が整っていたと書かれていますが、具体的にどのような設備がありましたか?

 館高校は、当時、創立4年目で、もともと、将来に備えて、老人ホームにも転用できるつくりでした。だから、スロープや車イス用のエレベーターが付いています。現在は、老人ホーム?になっているようです。と、思って、今、調べましたら、都立高校の統廃合で、都立翔陽高校になっていました。
 あと、一度も使ってませんが、障害者用トイレが、物置になっていたような・・・。

http://www.shoyo-h.metro.tokyo.jp/

もうちょっと、付け加えさせていただければ、私は、小学校も、中学も、普通の中で、多少もまれながら、ある意味、競争の中で、やってきました。だから、高校も、困難はあるにせよ、うまく溶け込めたようです。これが、養護学校の中学部からの進学だと、いきなり、普通の世界に入るわけですから、入学後の心理的サポートも必要になってくるかと、思われます。そこら辺、私も、養護学校の経験がないので、よく分かりませんが。

追記:
中学・高校は、1年目の最初は、先生もこちらも、慣れていなかったので、いろいろとありましたが、2年、3年となると、母の介助は、ありましたが、かなり普通の生徒でした。

1.北ちゃんへ、こんなこと書いてしまい、申し訳ございません。I will bring you DobuRoku next time I get back to Japan if you contact me.

2.West Creek先生。こんなこと書いてしまい、申し訳ございません。 なにか、イギリスで、英語の教材、お探しでしたら、メールを頂ければ、お送りします。

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2006/11/06

ドカーン

この時期のイギリスは、夜になると、ドカーン、ドカーンと爆発音が聞こえる。遠くから近くから。まるで、空襲を受けている夜のバクダット。あちこちから、ドカーン、ドカーン。2年前、この音を初めて聞いたときは、本当に、テロかと思いテレビを付けたほどである。父よ、母よ、先立つ不幸をお許しくださいって、祈った!

でも、外は静かであった。次に考えたのが、軍事演習。近くにArmyの学校があるので、そこで、砲撃の訓練をしてるのではないかと・・・。でも、こんなにうるさいのに、よく住民は抗議しないなーと、思った。これも、イギリスの深い愛国心かと。

何日か過ぎ、夜、カーテンを明けたら、屋根の上に、打ち上げ花火が上がっていた。正体は、これだったのである。初冬の夜空に花火。夏は、夜10時過ぎまで明るいし、夕涼みするほど、暑くない。でも、この時期、寒空で花火?

答えは、ガイ・フォークスであった。400年前、火薬で、議会?を吹っ飛ばそうとした奴。この謀反は、失敗に終わるそうだが、それを記念して、花火を、上げるようになったらしい。1605年、11月である。日本で言えば、織田信長が暗殺された、本能寺の変か、赤穂浪士の忠臣蔵か?、似たようなものだと思う。

それにしても、イギリスの花火は、アメリカのJuly 4thより、規模は、大きいが、ヒューという音がなく、いきなりドカーンと来る。そして、われら、脳性まひは、このドカーンに激しく反応する性質を持っている。ビクッと、体が硬直する。脳性まひの人がねっ転がっている部屋で、音を立てて、ドアを、閉めると、機械仕掛けのように次々に反応する。やはり、花火には、日本のように、鳴り笛を仕込むべきだ。

だが、しかし、今夜もイギリスでは、バクダッドの夜が続くのである。

資料:
http://www2s.biglobe.ne.jp/~keri/bonfire.htm
http://www.bonefire.org/guy/gunpowder.php

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